日本の放送史に革命をもたらした伝説のアナウンサー久米宏さん。
そんな久米宏さんですが、黒柳徹子さんとのエピソードが今も語り継がれているのをご存知でしょうか。
2026年1月1日に81歳で逝去された久米宏さんですが、黒柳徹子さんとの共演は多くの視聴者の心に残る名場面を生み出しました。
今回は、久米宏さんと黒柳徹子さんの感動的なエピソードについて詳しくご紹介します。
久米宏さんと黒柳徹子さんのエピソードが感動的!
「ニュースステーション」で18年間キャスターを務めた久米宏さん。
そんな久米宏さんですが、黒柳徹子さんとのエピソードはどのようなものだったのでしょうか。
久米宏さんと黒柳徹子さんの出会いは、1978年にスタートした音楽番組「ザ・ベストテン」でした。
二人は番組の司会者として、7年間にわたって息の合ったコンビネーションを見せ続けました。
大手メディアによると、久米宏さんは黒柳徹子さんについて「猛スピードの暴走特急のような方で、僕はそれを脱線させないように並走するのに必死だった」と回想していたそうです。
一方、黒柳徹子さんは久米宏さんの訃報に際し「久米さんは私の人生の中で最も大切なパートナーの一人だった」と最大級の賛辞を送っています。
黒柳徹子さんは「久米さんがいなければベストテンはあれほど面白くならなかった」とも語っており、二人の信頼関係の深さが伺えます。
久米宏さんと黒柳徹子さんのエピソードは、お互いを最高のパートナーとして認め合う感動的な関係性でした。
ザ・ベストテンでの伝説の掛け合いとは?
軽妙なトークで視聴者を魅了した久米宏さん。
そんな久米宏さんですが、ザ・ベストテンでの黒柳徹子さんとの掛け合いはどのようなものだったのでしょうか。
大手メディアの報道によると、二人のトークはほとんどがアドリブで、台本なしの真剣勝負だったそうです。
台本は曲の順番が書いてあるくらいで、リハーサルも適当。あくまでも本番で勝負しました。
出典:NEWSポストセブン
「時速300キロ」とも評された二人のスピーディーな掛け合いは、当時の放送界の常識を覆すものでした。
久米宏さんは黒柳徹子さんの予測不可能な発言に瞬時に対応し、番組を盛り上げていました。
この絶妙なコンビネーションが、「ザ・ベストテン」を単なる歌番組から「情報バラエティ」へと進化させたと言われています。
番組は高視聴率を記録し続け、久米宏さんの名を全国に知らしめることとなりました。
大手メディアによると、二人の掛け合いは「計算されていないからこそ面白い」と視聴者から絶賛されていたそうです。
ザ・ベストテンでの久米宏さんと黒柳徹子さんの伝説の掛け合いは、台本なしのアドリブによる「時速300キロ」のスピーディーなトークで、歌番組を情報バラエティへと進化させたものでした。
まとめ
今回は、久米宏さんと黒柳徹子さんのエピソードについてご紹介しました。
二人は「ザ・ベストテン」で7年間にわたって息の合ったコンビを組み、台本なしのアドリブトークで視聴者を魅了しました。
黒柳徹子さんは久米宏さんを「最も大切なパートナーの一人」と語り、お互いを認め合う深い信頼関係がありました。
久米宏さんの逝去は日本の放送界にとって大きな損失ですが、黒柳徹子さんとの伝説的な掛け合いは今後も語り継がれていくことでしょう。

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